「憲法の創造力」を読んで

憲法の創造力 (NHK出版新書 405)

憲法の創造力 (NHK出版新書 405)

この著書について、途中まで読み進んでの感想は、先日(5月2日)、書いた通りです。
 
その時は、投票価値の平等についての考察に「違和感を感じた」と。。
 
もともと、佐伯仁志先生の「刑法総論の考え方・楽しみ方」の合間に「読もう」と思っていたのですが、結局、佐伯刑法は、脇において、「創造力」を読み切りました。
 
全体を読んでの感想を、すべてについては言及できないので、章ごとにかいつまんで、感想を書きたいと思います。
 

1、君が代不起立問題の視点ーなぜ式典で国家を斉唱するのか?

「 問題が教員の労働現場で生じていることに着目するなら、安全配慮義務違反の有無の検討が必要」−斬新な視点だと思いました。この問題は、思想・良心の自由と職務命令との関連で把握され、私も、このような「視点の範囲内」で考えてきたからです。

その上で、労働関係における嫌がらせは、「パワーハラスメント」と呼ばれ、人格権侵害として違法とされる、と。

 

2、一人一票だとどんな良いことがあるのか?

 「投票価値の平等」についての考察です。
昨年12月の衆議院議員選挙の投票日翌日に、弁護士グループらが一斉に、「投票価値の不平等」を理由に、「選挙無効」を求めて、高等裁判所高等裁判所支部に提訴しました。
 2013年3月、順次、判決が言い渡され、「違憲状態」「違憲」「違憲・無効」と、「無効」判決は少なかったものの、多くが「違憲(状態)」との判断でした。
 
この章について、私は「違和感」を感じましたが、それは、平成19年判決と平成23年判決を検討したのち、以下の1文を目にしたことです。
 
「一人別枠制がそれ自体として違憲だと断ずるのであれば、かなり緻密で繊細な論証が必要になる。しかし、平成23年判決の論証は『平等選挙』や『全国民の代表』といったスローガンから安易に検討を導くものであり、十分な説得力を持たざるを得ない」。
自分の言葉でいえば、結論に至る過程で、必要な論証がされておらず、それが「安易」で「ズサン」だということでしょうか。
 
もう少し、自分なりの検討が必要だと思いました。
 

3、最高裁判所は国民をナメているのか?ー裁判員制度合憲の条件

 だれもが、裁判員になる可能性があり、他人事ではありません。
 
サブタイトルにあるように「合憲の条件」という立場で、「意に反する苦役」(憲法18条)からの自由の視点から検討されています。
 
さらに裁判員制度導入の目的が、これまでの刑事訴訟の「内容」に着目し、その「内容」に問題点があり、これらを変えるためだったのではないか。
しかし、裁判員法第1条の「目的」からは、足りなかったのは、刑事訴訟の「内容」ではなく、国民の「理解」と「信頼」に置き換えられた。要するに、国民の「勉強不足」で、それが「信頼」に結びついていないのだということに。
 
一連の議論の経過と、その到達点に基づいた検証が必要な時期だと思いました。
 

4、日本的多神教政教分離

政教分離に関し、違憲審査基準としての「目的効果基準」に疑問を投げかけます。現状は、「目的」が正当であれば、「効果」については、スルーの状態である。つまり、ほぼ基準をクリアーできる。なので、もっと、厳しい審査基準が必要ではないかという問題提起です。
 藤田宙靖先生(元最高裁判事)が、そもそも「目的効果基準」自体に疑問を投げかけていたのを思い出しました。それは、「目的効果基準」が「合憲性を前提」としていることへの問題意識からだと思います。
 
政教分離について、改めて、その意義を含めて考える必要性を実感しました。
 

5、生存権保障の三つのステップー憲法25条1項を本気で考える

導入部分が 「居住」で、少々、驚きました。
生存権」を論じる場面では、「健康で文化的な最低限度の生活」を営むため、そのレベルとともに国や地方公共団体の責務が(直接請求か、立法請求かも含めて)論じられることが一般的です。
 
もちろん、生活保護の意義と、そのあり方は、後半部分で触れられていますが、生存権社会保障としての「住居」を前段階で検討したのは、震災後の仮設住宅で過ごす人が今なお多いこともあって、見落としがちの論点で、十分、論議がなされていないことの反映を踏まえての問題提起だと思います。
 
数年前、私が「社会保障」に関する小論で、「社会保障としての住居」を検討課題の一つとして取り上げたのを思い出しました。
 

6、公務員の政治的行為の何が悪いのか?ー国民のシンライという偏見・差別

タイトルの通りです。このテーマについては、「法律時報」2013年2月号で、「公務員の政治的行為の規制についてー大阪市条例と平成24年最高裁二判決」でも詳しく検討れています。
 
最高裁が言う、公務員の政治的行為の規制の目的は、「行政の中立的運営」と「国民の信頼」の確保です(猿払事件判決)。
 
「国民の信頼」を規制目的に含めれば、公務員の政治的行為一般を規制する説明がつくー巧妙な手法だと、指摘します。
 
さらに突き進んで、政治的活動をする人は「行政の中立的運営を期待できない」し、「そのような人には公務員になって欲しくない」というのであれば、それは、偏見を通り越して「差別」であると。
 
著者の言うとおり、権限の乱用を伴わない政治的活動は認められるべきという見解に、改めて、共感しました。
 

終章(7)憲法9条の創造力

もう、多くを語ることは、必要ないでしょう。
次の一文が印象的でした。
 
憲法9条は、日本国の非武装を要求しているのではなく、日本が非武装を選択できる世界の創造を要求している、ということである。もちろん、現時点では、そんな世界は想像することすら困難である。
しかし、世代を越えて受け継がなければならない仕事である」と。
 

おわりに

7つの具体的なテーマをもとに、憲法の視点で、従来の枠にとらわれず、木村先生と「ともに考えました」。
斬新な発想力と視点によって、「憲法の創造力」を高めることができたと思います。
 
そして、本書の「はしがき」には
憲法の入門書、つまり憲法を学ぶ上で、最も大事にしてもらいたいことを伝える本である」と。
 そして、「帯には「改憲論議の前に、国民必読の一冊!」と書かれています。
 
憲法改正」が必要か、否かを論じる前に、憲法そのものを抽象的、感情的にではなく、具体的事例を一つのきっかけとして、熟議が必要ではないかと、改めて、思いました。